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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)108号 判決 1997年10月28日

アメリカ合衆国サウス・カロライナ州グリーア、バンコーム・ロード一五二五

上告人

アドバンスド・コンポジット・マテリアルズ・コーポレーション

右代表者

ジェイムス・エフ・ルーズ

右訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

嶋末和秀

同弁理士

野口良三

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第一〇〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年一二月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場正成、同尾崎英男、同嶋末和秀、同野口良三の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁 裁判官 元原利文)

(平成九年(行ツ)第一〇八号 上告人アドバンスド・コンポジット・マテリアルズ・コーポレーション)

上告代理人大場正成、同尾崎英男、同嶋末和秀、同野口良三の上告理由

第一 上告理由の根拠条文

民事訴訟法第三九五条第六号違背(判決ニ理由ヲ附セス又は理由ニ齟齬アルトキ)

第二 事案の概要

一、本願発明

上告人は、(補正後の)名称を「切削工具とそれを使用する金属切削方法」とする発明(以下「本願発明」という。)についての特許出願(昭和六一年特許願第五三八一四号)の出願人の地位を譲り受けた者であり、その要旨は、甲第五号証の手続補正書における特許請求の範囲第一項に記載の通りである。

本願発明は、強化したセラミック切削工具に関するものであり、金属切削または機械加工に用いるのに好適である。

金属切削ないしは機械加工の生産性は、一定時間に加工物から除去される金属の総量により決定されるが、これは切削速度(「切削速度」とは工具が回転して移動する速度であり、仮に工具を取り付けた回転板が1回転することによって工具が円周〇・五mの距離を回転して移動する装置で、回転板が毎分一二〇〇回転(一二〇〇rpm)すれば切削速度は六〇〇m/分になる。)と送り速度(「送り速度」とは加工材料を動かす速度であり、送り速度が一mm/歯とは、一つの切削エッジが加工材料を通過して次の切削エッジが来るまでに加工材料が一mm動かされることを意味する。)により決まる。すなわち、切削速度が大きいほど生産性は高く、また送り速度が大きいほど生産性は高い。

ところが、従来、切削速度と送り速度をともに大きくして生産性を上げうる切削工具はなかった。例えば、鋼および炭化物の工具は大きな送り速度で用いることができるが、小さな切削速度でしか用いることができなかった。また、従来のセラミック工具は、大きな切削速度で用いることができるが小さな送り速度でもか使用できなかった。これは、セラミック材料が脆く、靭性が小さいため、従来のセラミック工具は、送り速度を大きくすると、わずかな作業工程で破損してしまうことが原因であった。

本願発明は、約二五容量%の単結晶炭化ケイ素ホイスカーを全体に分布含有するアルミナマトリックスを用いることにより、セラミック材料の靭性を改善し、大きな送り速度で用いた場合の工具寿命を著しく延長せしめた。すなわち、本願発明は、大きな切削速度で用いることができると同時に大きな送り速度でも使用でき、例えばジェットエンジンに使われている耐熱合金のような非常に硬い材料を従来にない高い生産性で加工できるセラミック工具を提供するものである。(甲第二号証 二頁右上欄一行-三頁左下欄一行、とくに三頁一五行-左下欄一行を参照。)

二、特許庁での経緯

上告人は、本願に対して拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判請求を行い、平成五年審判第二三六三一号として審理されたが、「本件審判の請求は成り立たない」との審決がなされた。同審決においては、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭六〇-一二二九七号(甲第六号証(特開昭六一-一七四一六五号の公開特許公報を参照、以下、「先願明細書」という。)が引用され、「本願発明は、先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記戴された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法第二九条の二第一項の規定により特許を受けることができない。」(甲第一号証 五頁一一-一八行)との判断がなされた。

三、原審における審理経過と上告理由

上告人は、右審決の判断に対して、「原判決を取り消すべき理由(その2)-予備的主張」として、その誤りを主張した。その理由とするところは、本願発明の選択発明としての意義を看過したというものである。

審決は、本願発明と先願明細書記載の発明は、「単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量が、本願発明においては、約二五容量%であるのに対して、先願明細書に記載のものにおいては、二~三〇容量%である点」で相異するが、「単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量が約二五%のものは、先願明細書に記載された範囲に属するから、単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量において、本願発明は先願明細書に記載の発明に含まれる。」と認定している。しかし、この認定は、本願発明の約二五容量%の炭化珪素ホイスカーを含有するという構成が先願明細書の二~三〇容量%という数値範囲に含まれることを指摘するにとどまり、かかる構成が、先願明細書に具体的に開示されず(具体的開示があるのは、五容量%、一〇容量%及び一五容量%の炭化珪素ホイスカーを含有する焼結体である。)、かつ、顕著な効果を有するため、選択発明として意義を有することを看過しているというのが、上告人の主張したところである。

選択発明としての意義の有無の判断のため、原判決の認定した全事実は次のとおりである。(原判決二五頁一五行-二七頁一三行)

「本願明細書(甲第二号証)の第1図、第2図、及び第3表には、各種切した結果が示されており、これによれば、

(イ)切削速度が六〇〇m/分で、送り速度が一・〇mm/歯の場合は、一五容量%、二〇容量%、三〇容量%、二五容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具はいずれも破損しなかったこと、

(ロ)切削速度が六〇〇m/分で、送り速度が二・〇mm/歯の場合は、一五容畳%、二〇容量%及び三〇容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具はいずれも途中で破損したが、二五容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具は無破損で終了したこと、

(ハ)切削速度が六〇〇m/分で、送り速度が二・五mm/歯の場合でも、二五容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具は破損しなかったこと、

(ニ)切削速度が一八〇〇m/分で、送り速度が〇・〇一三mm/歯の場合は、一五容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具が耐摩耗寿命において最も優れ、単結晶炭化ケイ素ホイスカーの含有量の二〇容量%、三〇容量%のものは二五容量%のものより耐摩耗寿命において優れていたこと、

(ホ)切削速度が一八〇〇m/分で、送り速度が〇・二五mm/歯の場合は、単結晶炭化ケイ素ホイスカーの含有量が一五容量%、二〇容量%のものが耐摩耗寿命において同程度に優れ、二五容量%のものは三〇容量%のものより劣っていたこと

が認められる。」

「上記事実によれば、二五容量%炭化ケイ素ホイスカーを含有する切削工具は、上記(ロ)及び(ハ)のような苛酷な条件による試験においては、一五容量%、二〇容量%及び三〇容量%炭化ケイ素ホイスカー含有の切削工具に比べて工具寿命において優れているものと認められる。」

「しかし、単工具正面フライス削りを実施する場合の条件は、通常、上記(ロ)及び(ハ)のような苛酷なものよりも、むしろ上記(イ)、(ニ)及び(ホ)のような場合であると認められるところ、上記認定のとおり、

(イ)、(ニ)及び(ホ)の場合には、本願発明に係る二五容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含有する切削工具は格別顕著な効果を奏するものとはいえ」ない。

右認定事実に基づき、原判決は、「本願発明について選択発明としての意義を有するものとすることはできない」(原判決二七頁一四-一五行)と判断し、原審決の判断に誤りはないとした。

右判断は、以下において述べるように、論理に飛躍があり、判決に理由を付していないか、理由に齟齬あるものというほかはない。

第三 上告理由

原判決には、「本願発明について選択発明としての意義を有するものとすることはできない」という判断の理由が示されてはいない。右判断は判決主文を導く直接の根拠となる極めて重要な判断であるから、原判決は「判訣ニ理由ヲ附セス」というべき場合に該当する。以下、具体的に述べる。

まず、原判決は、本願発明の二五容量%の炭化珪素ホイスカーを含有する切削工具は、右(ロ)、(ハ)のような苛酷な条件による試験においては、一五容量%、二〇容量%及び三〇容量%炭化ケイ素ホイスカー含有の切削工具に比べて、工具寿命において優れているとの事実を認定している。

したがって、本願発明が選択発明としての意義を有するか否かを判断するには、右(ロ)、(ハ)の条件下で工具寿命におかて優れてかることをもって、本願発明が「格別顕著な効果」を奏すると評価しうるか否かが認定されなければならない。

しかるに、原判決は、」右(ロ)、(ハ)の条件とは異なる、前記(イ)、(ニ)及び(ホ)の場合には、「格別顕著な効果」を奏するとは評価しえないと認定しているのみで、右(ロ)、(ハ)の条件下で工具寿命が優れていることをもって本願発明が「格別顕著な効果」を奏すると評価しうるか否かを判断していない。

前記(イ)の場合とは、送り速度が一・〇〇mm/歯で、切削条件としてはそれ程苛酷な条件ではない。そのため、一五容量%、二〇容量%、三〇容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具も確認に至っていない。しかし、このような条件の下で、本願発明の切削工具が「格別顕著な効果」を発すると評価できないとしても、それが本件発明の「格別顕著な効果」を否定し、「本願発明について選択発明としての意義を有するものとすることはできない」という、原判決の判断の理由となるような内容でないことは、原判決の記載内容自体から明らかである。発明がある条件下で格別顕著な効果を発揮しなくても、そのことが他の別の条件下における、「優れている」と評価されている効効果の顕著性までをも否定するものでないことは理の当然である。

前記(ニ)、(ホ)の場合は送り速度が各々〇・〇一三mm/歯及び〇・二五mm/歯で僅かであっため、(イ)-(ハ)に比べて切削速度は速いがこれも苛酷な条件とは言えない。そ切ため、これらの条件下ではいずれの切削工具も破損はせず、摩耗によって寿命が尽きている。このような摩耗による寿命の点では二五容量%よりも三〇容量%の方が優れている旨述べられている。

しかし、このような条件下で本願発明の切削工具が「格別顕著な効果」を発すると評価できないとしても、それが本願発明の「格別顕著な効果」を否定し、「本願発明について選択発明としての意義を有するものとすることはできない」という原判決の判断の理由となるような内容でないことは、原判決の記載内容自体から明らかである。

原判決は本願発明が(ロ)、(ハ)の条件下での試験の結果が他の容量%のものに比べて優れていることを認めながら、そのことについて、それが格別顕著な効果であるかについて判断すべきところ、これを脱漏し、原判決の結論に至る理由が、この判断過程において全く欠落してしまっているのである。

このように、原判決は、本願発明が「格別顕著な効果」を奏するか否かについての認定を脱漏したまま、本願発明が選択発明としての意義を有さないと判断しており、右重要な判断の前提となる認定を欠くものであるから、判決に理由が付されていない。徒って、原判決は、民事訴訟法第三九五条第六号の「判決ニ理由ヲ附セス又ハ理由ニ齟齬アルトキ」に該に当するとして破棄されるべきである。

以上

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